前回の続き

古屋旅館から3分と歩かずに目的地に着いた。着いた瞬間、不思議なもので10年前の記憶が蘇ってくるものだ。
ここに至るまで実は不安で仕方なかった。前回の熱海行で立ち寄った温泉は2箇所。一つは有名な駅前温泉でちょっと広い家風呂ほどのスペースに客がごった返しゆっくりできなかった。もう一つは鄙びた雰囲気で地元客が銭湯代わりに利用するという触れ込みで立ち寄ったが、昔からの温泉場という雰囲気満点で、窓越しに昼間の日差しを浴びながらの入浴は贅沢この上なかった。是非とも再訪せねば!となったのだが、しかしどうにも名前を失念してしまい、調べてアタリはつけたものの、実物を目の前にするまで自信がなかったのだ。

福島屋旅館外観福島屋旅館
最寄駅:熱海
熱海市銀座町14-34
10:00〜19:00(要時間確認)
採点:★★★★★
一人当たりの支払額(税込み):350円
参照サイト:立ち寄り温泉みしゅらん


名前のように小体ながら旅館然とした佇まいで、引き戸を開けると歳月を経た木の微かな臭いが出迎えてくれた。
入口左手が帳場になっていて、この瞬間、完全に10年前の記憶と合致した。帳場の小さな窓の奥には旧式の石油ストーブが焚かれ、座布団に腰掛けたおねぇさんが不意をつれたようにハッと自分に気づき、入浴料¥350と貴重品を渡した。
脱衣場@福島屋旅館軋む廊下を経てすぐ男湯。脱衣場がこれまたスゴイ。床はベコベコ。ロッカーなどなく籐で編んだろうカゴ。先客は地元の方と思しきジイさまとオッサンが数名。そういえばここをネットで調べた際、店側はもっと観光客にも利用して欲しいといっていたが、相当マニアな客が終結しない限り、今日的な温泉施設になれた観光客にはハードルが高いだろう。とはいえ不潔というのとは違うのだが、イメージというのは難しいものである。
中に入ると大き目の湯船が階段を数段下りたところに一つ。少々きついが10人は入れそうな広さ。もう一つ小さな湯船があるがこちらは空。洗い場は2つあるが、一つは湯が出っぱなしになっていて大きな桶に溜められている。ジイさまがその桶から湯を掬い身体を流している。自分ももう一つの蛇口の前で身体を洗おうとしたが、蛇口からはちょろちょろしかお湯が出ない。だから湯が溜めてあるのか。

苦心してなんとか身体を洗い湯船へ。
湯船@福島屋旅館
前回は湯を入れ替えたばかりということで相当熱かったが、今回はやや温めでちょうどいい。熱海の温泉は無色透明に近いというが、ここのは若干の濁りがある。透明な湯に湯ノ花が浮ぶ様を薄目を開けてでボカしてみる程の濁りではあるが。微かに温泉らしい臭いも感じられなくもないが、なんといってもインパクトあるのはぬめりだろう。とにかく重くしっかりしたぬめりなのだ。黒湯のぬめりともまた違うぬめりで、湯の塩っ辛い味を体現しているような濃さだ。
無色透明の湯でここまで満足度の高い湯がこの鄙びた空間で手軽に体感できる喜びったらもう! 確か入口の張り紙に源泉100%と謳われていたが、これが源泉100%じゃなくてなにが100%かと思ってしまうほど。すぐ横の風呂の湯という源泉から汲み上げているという。他の旅館などの湯もこうした熱海の町中に点在する源泉から汲み上げているはずだが、どうもここまで濃い湯は熱海でもそうそうないとの噂。どういうことなのだろう。
温泉は、その湯を感じる空間、とりわけ野外で頭を冷たい外気に晒しながらというのが湯を楽しむための最重要課題だと思っていた。だからなるべく温泉で露天という施設を重点的に周って来たが、こういう湯に出会うとシチュエーションはどうでもいいような気さえしてくる。まぁこの建物そのものが最高のロケーションではあるのだが、最近いい湯を感じる機会が増え、考え方が変わってきた気がしている。

ツルツルポカポカの身体をそのままに、脱衣場でダラダラと着替える。
福島屋旅館階段下男湯を出たところに、入ってきたときには逆向きになるので気づかなかったが、2Fへ上がる階段があった。ここから2Fを見上げると古い旅館建築のつくり・意匠の特徴がはっきりと感じられる。歳月で黒光りする木とやや変色した白い壁とのコントラスト。軋む床の音をBGMになんとも贅沢な時間が流れている。
この旅館、とっくに廃業し浴室だけを公衆浴場として開放しているのかと思い込んでいたが、どうも宵の口までを外来も入れるようにしているだけで、旅館業も未だ営んでいるという情報も伺えた。今現在はどうなのか、この佇まいからは全く想像できないが、出来ることなら泊まってみたい。

身も心も満たされ、さぁいよいよ熱海市街地散策へと向かうとしよう!

続く

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