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これまで食べ物絡みでないエントリーは動画百席の方へ投稿していたが、PCが逝かれて後、半年ほどログインしないでいたらココログのパスワードを忘れてしまい、管理画面へアクセスできなくなってしまった。ココログのパスワードリマインダーはなんとも煩雑で、自分がどれに該当するかわからず、弾かれまくり。もういいやと、ここにエントリーすることに。今後、食べ物以外の記事が増えるようだったら、新たにブログ立ち上げて移行しようかと。

俺たち文化系プロレス DDT
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書評/ビジネス



で、久々の献本はプロレスネタということで、最初に手前のプロレス遍歴からはじめたいと思うが、お前のことなぞどーでもよい!という方はこの段落をすっ飛ばしておくれ。
プロレスは生は愚かTVですらまじめに鑑賞したことはない。そのくせ、ウチの店には猪木のフィギュアがあったり(先日パクられてしまった…返してね)、プロレスの本(殆ど猪木)を扱っていたりする。異様にカリスマというものに関心が高い所以なのだが、一方、見世物小屋のモンド感とも相通ずる昭和的プロレスの胡散臭さに愛着を感じるといえば、ファンに怒られてしまうだろうか(プロレスの胡散臭さに関しては本著でも述べられているのであながち的外れでもなさそうだ)。
野球と一緒で銭湯の脱衣場や赤提灯でのTV中継が似合う。そういえば小学生時分、銭湯にプロレスアイスなるものがあって、風呂上りにかじった記憶がある。確か新日だったかな。家に帰れば婆ちゃんが猪木VSアンドレ戦とか見てて、興奮して卓袱台の縁を持つ手が震えてたっけ。
野球や競馬がそうであったように平成にもなるとファンがマニア化した。プロレスは新日・全日(馬場・猪木の時代)という大きな物語が終わり、小さな団体が乱立した。こうなると地上波でも深夜帯に比較的メジャーな団体の放送があるくらいで、熱心なプロレスファンでもない自分はプロレスから遠く離れてしまった。DDTという団体もそうした時代の中で誕生し、また自分の周りにはプロレス・格闘技ファンが多かったためか、名前はなんとなく知っていた。とある会社にバイト勤めしていたとき、後楽園ホールから近いところにある日DDTというステーキハウスが出来ているのを知り、なんとなくこのプロレス団体と関係あるのかなぁと思ったのだが、そう連想させる程度にはDDTを認識していた。DDTがドインディーという潮流を生み出した団体であることを本著で知り、後楽園ホールでの工業が夢だった程のドマイナー集団であったことに驚きを隠せなかった・・・というわけで、本編スタートぅ!って相変わらず前置きの方が長っ

文化系プロレスと謳っているということで非常に興味深かったのは、屋台村やビアガーデンの興行から知名度を上げていくという中で、会場でのアンケートの他、インターネットでファンの声に本気で耳を傾けていたという点だ。まだニフティサーブというパソコン通信と呼ばれていた時代だから相当に古い。世の中がネットの意見なぞ信用しないどころか箸にも棒にもかけていない頃から、それこそ2ちゃんねるまで目を向けていたことには驚いた。多くの企業は愚か、それまでのプロレス団体だったら絶対にあり得ないことだろう。
著者でもありレスラーでもあり代表経営者でもある高木氏がバブル期のイベントの仕掛け人から出発しているからこそ出来たことだろうし、ちょうどインディー団体が成立する草創期という時代とうまくリンクしたことも大きいだろう。逆にこの団体がその流れを牽引したようでもあるが。
斯様にして文化系と謳うのはわかるのだが、ただ、個人的に文化系という言葉から受ける印象からすると、客観的なデータから経営や興行などを分析でもしている本かと思ってしまった。つくりとしては旧来的なタレント本の類とあまり変わらず、手前の思い込み違いだったのかもしれないが、その点で物足りなさを覚えた。流れとしては、高木氏自身の半生を追う形で、多くのプロレスラーの本と代わり映えはしない。DDTのやってきたことは型破りなのだから、本著もプロレスラーの本という中では形式的にも型破りであってほしかった。
ただ、文章自体は平易で読みやすいながら、非常に無駄のない言葉選びで、ヘタな文筆業者より巧いと思った。この点でも文化系かも。

ともあれ、本著は本著、高木氏とDDTの歴史・考え方・有り様を納めた本として、それとは別に、経済や建築なんかの専門書のような、データ主体の客観的な本が読んでみたい。そう思わせるほどの魅力に溢れていた。
最後にいえることは、単純に読み物としてメチャメチャおもしろいッス!!

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