
著者:今 柊二
価格:762円(+税)
竹書房(文庫)
240p
『定食学入門』【過去記事】に次いで今柊二の新刊が出た。早くも今年で2冊目である。特に『かながわ定食紀行』【過去記事】以降、定食・立ちそばに関する執筆で目まぐるしく活躍されているように思う。
『定食学入門』でこれまでの氏の活動から一つ突き抜けた形を見せてくれたが、本著では再び氏のフィールドワークに戻った感がある。体裁としては東京新聞の連載を纏めた形をとっているが、内実は多くを書下ろしが占め、その殆どが2009年末〜年明けという短期間に食べつくされたもの。立ちそばとはいえ、仕事の合間を縫ってこれだけの店舗数で掻っ込むのは至難の業。読み進むにつれ、よくこんだけ食ったなぁと感心するばかりだった。
本著は大きく、山手線一周|チェーン系|私鉄沿線|新宿新橋|主要都市…と章立てされ、ランダムに書き連ねたであろう連載を補完する形で書き下ろしが大幅に追加されている。
文章からも忙しい仕事の合間を縫って食べまわっている様子が見て取れるが、斯様な制約から、掲載店舗は駅至近、もしくは駅構内の店に限られてくる。章立てからも鉄道を基点としてることがわかるように、立ちそば大全というより駅そば紀行といった趣が強い。実際、全国の立ちそばの章でも、札幌、新横浜、大阪なんばと主要都市のターミナル駅に集中している。
本著が文庫サイズで、手に取る層は電車を使うケースが多いと思われる。現在の立ち食いそばの需要の多くは駅利用客だろうから、実際とニーズに適った本であることに間違いない。その意味で今氏の真骨頂である気軽に読める簡潔に的を射た文体は恰好であろう。
そこに、立ちそばの歴史や具材、文献を巡る薀蓄といった、『定食学入門』からの文脈を感じさせるコラムが少量ながら散りばめられ、単なる食べ歩きレポートではない厚みが与えられている。
現在、駅そばの多くは鉄道会社が運営するケースが殆どで、同じ経営母体でもエリア毎にブランドを変えるなどしているが、蕎麦にせよ元々の素材は一緒だったりする。特にJRの場合、営業エリアの広さからどこで食べても一緒という感が拭えず、普段の食事の選択から外してきたが、こうして本著の山手線一周をみると、丼モノのヴァリエーションに特化するなど、サービスの違いが見て取れ、非常に興味深かった。
駅そばなどという、普段何気なく通り過ぎて意識していないか、急場しのぎでしか認識していないところを目の前に立ち上がらせてくれる、「あぁ、あそこってウマいんか!?」と興味を持たせてくれるツールとして非常に重宝する一冊ではなかろうか。
以上、斯様な仕様で綴られた一冊であることを重々承知の上で、もし本著のパート2があるのならという仮定で、期待したい部分がいくつかある。
本著でも言及されているが、これまでの立ち食い蕎麦屋にない、本格的な蕎麦や、立ちそばとは思えないオシャレな店が目立ってきている。確かにチェーン系では「小諸そば」や「ゆで太郎」が蕎麦へのこだわりを見せる代表格だろうし、女性客の多い店も触れられている。しかし、それだったらここは外せないだろうという店に触れられてないのがどうにも気になった。
山手線一周の章で、田町とくれば「ala麓屋」【食べログ】【参照ブログ】だろうと思ったら違かった。ala麓屋はラーメン二郎もさほど遠くない慶応大学の近くにあり、信州開田蕎麦を謳う石臼挽きの店。石臼挽きだけなら他にもあろうが、酒類も用意され、「鴨のカルパッチョサラダ」や「キャベツのクリーム春巻き」などのつまみもある。蕎麦のペペロンチーノなど変化球もあり、まさに立ちそば新世代の代表格だろうし、自分自身未食であることからも今氏の感想が聞きたいところだった。
立ちそばらしくないといえば「いわもとQ」【食べログ】【参照ブログ】。店名もそうだが、看板にも自ら「ありえないお店を目指す店」と宣言している。こちらは一般的な立ちそば価格で、ありえないほどウマい揚げたての丼が食べられると評判。
揚げたてといえば、水道橋の「とんがらし」【過去記事1】【過去記事2】は揚げたて天ぷらの大ボリュームで行列が耐えないが本著ではスルーされている。この見解はamazonのレビューにもあった。
次世代立ちそばの本命といえば、二郎のようにインスパイア系まで増殖させている港屋だろう【参照サイト】。オシャレを越えて前衛的とまで賞される内装はもとより、ゴキゴキのそばと肉汁という武蔵野うどん的構成でガッツリと食べさせるデカ盛的アプローチというのはこれまでになかった。ラーメン二郎やスタ丼、武蔵野うどんといった昨今注目される系統のいいところを見事に踏襲している。

口にあわなかったのかもしれないが、というより、1冊で持ち玉を全て晒す筈がないだろうし、隠れた名店として出したくなかったか、もしくは行列をこれ以上伸ばすことをしたくないのか、取材拒否かそれとも…といった大人の事情によるのだろう。
とはいえ、立ちそばで回避できないのは駅そばの存在ともう一つ、単一で存在するインディペンデントな小規模店舗だ。先に述べたように、駅そば以外の立ちそばが成立しづらい、しかも駅そばだって殆どが系列店にあって、町の独立店となると壊滅状態に近い。しかし、東京23区東部には、製麺所が店舗を構えるなど結構な数存在する。日本橋や浅草界隈には特に多く残っている。当ブログでは以前ねぎどん【過去記事】を取り上げ、最近でこそUPが減ったが、三ノ輪の長寿庵【過去記事】、秋葉原の二葉【過去記事】以外にも、浅草橋など未訪の名店が乱立している。このエリアに関しては巨匠のブログを参照いただきたい【journaux 出挙】。
定食でもそうだったが、今氏にとって鬼門となるエリアであることは重々承知している。東京新聞の連載を読んでいないので既に取り上げられているのかもしれないが、是非集中してこれらのエリアを食べつくしてほしい。
本著を読んだ人ならば、各人それぞれに想いがあるだろう。それを全て今氏一人に託すには、荷が重いというか、一人の手に余る作業に違いない。しかしそれを期待させるだけのものが、本著には詰まっているし、現在それができるのは今氏以外考えられない。
現在進行形以上の活躍を氏に強いるのは酷だろうが、是非とも巻を重ね、本当の立ちそば大全を編んでいただきたい! 我々は気長に待ってますよ(^^)
