カテゴリ: 町歩き・古建築・廃墟

[検見川〜千葉市〜五井]GW振替休千葉巡礼
1:蓬来軒 | 2:千葉軍跡前

気球格納庫の際にも触れたが、モノレール下の国道16号は鉄道連隊の軍用線跡で、戦地で鉄道を敷く練習とか資材をストックしたり製造したりしてたらしい。この千葉公園の競輪場(千葉競輪:リンクは以前のページなのはユルいイラスト故)や野球場は鉄道第一連隊の演習所で、この一帯の軍施設跡では最重要ポイントといえよう。
意気揚々と向かいたいところだが、霧雨のようなハッキリしない雨が降ったりやんだりしてるし、公園内の遊具は現代美術的というか、縄文式土器みたいな幾何学模様だし、軍事遺跡的な臭いがしないこともあって、千葉っぽさにお腹が一杯になってきてしまった。
公園というと平坦な芝生を想像してしまうが、実際に歩いてみると、公園の西側がコンモリと盛り上がっていて、急な斜面が続く。これはもうちょっとした山だ。テンション下がり気味ということも会って、登るのメンドウだなぁ…なんて思っていたら、目の前にコンクリートの塊が出現した。

これは鉄道連帯が架橋演習に使用した橋脚の一部で、案内プレートがあるからわかるものの、この部分だけではなんだかよくわからない。しかしこのモノリスの存在を知ると、この一帯に所々顔を出しているコンクリート片も橋脚の一部とわかってくる。山側から池のある窪地にかけて急勾配での架橋演習をしたのだろう。
山のてっぺんに着くと、そこは展望台になっていて、真ん中に石碑が置かれている。満州事変で活躍したらしい鉄道第一連隊の荒木克業大尉にちなんで「荒木山」と呼ばれているとのこと。それだけで、他に遺構がないので、仕方なく山を降りた。

池の周りを一周してみたが、今回メインに据えていた、肝心の軍事遺跡が見当たらない。イマヒトツ消化不良な千葉公園なので、こりゃ撤去でもされたかなぁと半分諦めかけたが、手元のメモを再度見直し、モノレールの千葉公園駅前に出てみる。
公園管理事務所のそばという話だが、管理事務所は駅のまん前にあったものの、肝心の遺構が見つからない。雨も心なしか強くなってきたので帰ろうかと16号沿いに歩き始めたところ・・・いきなり登場、架橋演習用トンネル跡!
事務所の裏手、16号沿いの関係者駐車場スペースになっているところにそれはあった。まぁ確かに公園敷地内だが、園内を探したところで見つからないはずである。
間近で見るとなかなかの大きさで迫力がある。ところどころコンクリが剥げていて、黒ずんだシミも手伝って、ダークに妖艶なる質感になっているが、地面すれすれの部分にあった表示によると、昭和6年造ということで、現在もこの状態を保ち、撤去するにも破壊が困難なほど頑丈に出来ているのにはただただ驚きであった。

16号を千葉駅方面へと向かう。行きにモノレール車内からの激写に失敗したJR千葉駅の線路脇に位置する、運転手の練習施設が見えてきた。さて信号を渡ればすぐそこ、というときに、司会にえらい物が飛び込んできた。
この屋号の看板、矢沢永吉インスパイア系とでもいうのだろうか、かなりの「E.YAZAWA」っぷりである。千葉の酒屋、やるね。

さて信号を渡ると練習施設の施設前に到着。上からほどよくは見えないが、建物の陰から2両ほどの小さな運転練習用の車体が見え隠れする。もっとよく見えないかと、半壊する進入禁止の柵をサクッと越え(これダジャレです)、草ボーボーの退避用と思しき敷地内から、今度は壊れていない頑丈なフェンス越しに、チラリとだが間近で正面から練習車両を拝むことが出来た。短いレールの上を小さな車両が行ったり来たりする様が目に浮ぶ。是非とも動いているところを見てみたかった。
 
施設内からJR職員が出てきたが、こちらに気づいていないので、何もなかったように16号の歩道に戻る。ここから千葉駅までの間に、JR関係の建物がいくつかあり、JR職員数名とすれ違った。素の職員を間近でみたいマニア(どんなマニア?)にはいいかもしれない。

千葉駅について速攻時刻掲示を見る。内房線木更津方面行きは5分ほどで到着予定! これはなかなかついてる。というのは、千葉駅を境に内陸部へ向かう電車というのはガクンと運転本数が減るのだ。基本15分待ちは覚悟しておきたい。
本数が少ないからだろう、夕方前だというのに車内は座れないほどに混雑している。快速に乗ったが目的地に止まるか確かめたのに、初めての路線というのは不安になるものだ。
16時に五井駅に到着。これなら間に合うかも・・・と頭をめぐらせていたが、目に飛び込んできた小湊鉄道にすぐに気持ちが奪われてしまった。
小湊鉄道は房総半島の内陸部へと向かう列車で、タモリ倶楽部でタモリと原田芳雄が体験運転してた車両である。ディーゼル車両だからもちろんパンタグラフはない。動きだすと鉄の軋む音が堪らない。小さくて温かな配色の車両というのはなんとも見ていて飽きない。
後日、五井車庫に保存されている機関車などの車両が見学できたり、販売物があることを知り悔しい思いをするが、このときはそれどころではなかった。先に記したように、間に合うかもしれないギリギリの時間だったからだ。なにに間に合うのか、五井といえばそう、地どりラーメン
営業時間は17時までだが、土日祝などは16時過ぎに早仕舞いになるという。駅前から電話を掛けてみると、留守番電話になっていて、手が足りなくて電話に出れないという。ということは営業中、ダメ元でテクテク20分強の道のりを歩き始めた。
駅周辺の開発地帯を抜けると、一気に視界が開け、一面田んぼの世界に突入。有料道路手前で交差する、向こうの国道を走る車が、田んぼの上を走るミニカーに映る。ジャージと制服ちゃんぽんの高校生の自転車とすれ違う。来る所来たなぁ〜
有料道路の高架を抜けると、地方の国道沿いに見かけるようなウッディなステーキハウス風の店舗が見えた。ここが地どりラーメン!って案の定、店内では従業員が賄いを食っていた。

本日の営業は終了いたしました・・・_| ̄|○


軍事遺跡めぐりは終了しても、GW休の千葉めぐりはつづく...

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[検見川〜千葉市〜五井]GW振替休千葉巡礼 1:蓬来軒

新検見川からJRで千葉駅。千葉都市モノレールに乗り換えるのだが、モノレールは京成からの方がアクセスがいい。長いエスカレーターを昇り切って改札へ向かうと丁度電車が来るところ。しかし今日の今日まで気づかなかったのだが、パスネットが使えないっ!? モノレールってゆりかもめもどこも使えないのかなぁ??
間に合わず次の電車で作草部を目指す。一つ目の停車駅千葉公園の手前、JR千葉駅に隣接する土地にちっちゃな2両ほどの電車が見える。前回も気になったので今回はモノレール車両内からシャッターチャンスを狙うが・・・ちょうど大きくカーブする地点で、角度的に上手く収まらず。帰りに地上から狙おう。

前回の旧陸軍気球隊の第二格納庫は作草部駅の東側。今回目当ての千葉経済短大は反対の西側となる。格納庫は地図でみると更に一つ北側の天台駅からの方が若干近そうだったのでそちらから歩いたが、今回は駅の案内板にあるように作草部駅から歩いたが・・・これが大きな誤算だった。
※ここからはコチラの地図を参照いただけるとわかりやすいかと※
千葉経済大学エリアは南と北に道路で分断されていて、南の北東部分が千葉経済短大で他の大部分は経済大の付属高校の土地になっている。駅から歩いていると下校途中の高校生とぽつりぽつりすれ違う。そんなに人数いなかったので、高校の塀越しに面白そうな建築物ないかなぁとチラ見していてもそんなに妖しくはなかったのだが、このエリアを南北に分断する道路に入ったところで、事態は一転した。

いよいよ短大部というところで、女子大生の人・人・人! そうだった。短大ってのは女性が殆どだったのだ。母校の短大部は男子学生も多くいたので失念していたが、一般的に短大ってのはそういうところだったことを、今更ながらに思い知ったところでもう遅い。三十路に入った眼鏡をかけた兄ちゃんがカメラぶら下げて校内をチラ見しているのである。完全に不審者だ。変態だ。おっとチカン!である。
一棟木造の体育館のような古い物件はあったものの、これといって軍事遺跡らしいものはなく、すぐに高校の敷地にたどり着いてしまった。道路を挟んだ北側の千葉経済大学は、最近のキャンパスにありがちなガラス張りの建築物で、こりゃまいったな・・・なんて思っていたら、その近代的な建物の奥に、レンガ造にRのついた窓枠の物体がっ!

校舎脇に、サークル棟へと続く、自転車置き場を兼ねた細い道があった。その道に沿って、フェンスを挟んで隣接するマンションの敷地が続いている。マンション敷地内へごめんよと入り、細い道と並行して歩く。自然と早足になる。駐輪場が途切れ、弓道場を過ぎると、目の前にそびえるは、鉄道連隊材料廠!
マンションのフェンス越しに撮影したが、煉瓦と途端部分、そこに草が生えているコントラストが絶妙でゾクゾクする。やはり間近で触れてみたい。見るとこの煉瓦建築の北側が駐車場になっていた。
大学関係者専用のもののようで、無人の遮断機があるだけで監視員もいない。となれば当然突入。
窓越しに中を覗く事が出来たが、みるとまるで学園祭の前夜のような状態で、ベニヤ板やらなんやかんやが埃っぽい空間に詰め込まれていた。そう、この建物自体がサークル棟として使われているようなのである。こんなサークル棟でたむろ出来る学生が羨ましい。『うる星やつら2』とか『究極超人あ〜る』の世界。モラトリアムの聖地ですわ。

そろそろサークル活動にやってくる学生も出てきそうな時刻だったので、早々に切り上げ、来た道とは反対に、大学の脇を南下する。ここまで北上すると、天台駅の目と鼻の先なので、エラく遠回りさせられたことになる。なんで多くの情報ソースが短大となっているのか。全く以てエラい目にあったものだ。
なんてブツクサいいながら歩いていると、この煉瓦建築の案内板に出会った。ナレソメはイメージをクリックして拡大写真でご覧あれ。

だいぶ歩いてしまったが、このあたりは駅区間が短く、また思いがけない物件もないともいえないエリアなので、歩いて千葉公園を目指す。
先ほどの短大と付属高校を過ぎ、作草部駅を過ぎると、千葉公園の森が見えてくる。と、右に70〜80年代と思しきアパートというか団地のようなものがみえた。1F庭部分が異様に草ぼうぼうで、室内へ侵食しかねない勢いだ。なんか変だなとよく見てみると、ダレも住んでいる形跡がない。いつの頃からかわからないが、この規模の集合住宅がそれなりの歳月ほっぽらかしになっているというのも、そんなに田舎でないこの土地をして、なんだか不思議な話である。

虫とかいそうだったし、なんだか不穏な空気だったので突入せず先を目指した。左手にふとスポーンと空が抜けて、モノレールが見えた。お墓の土地だ。ここではじめてみたのだが、マンガなどで頻繁に登場する「先祖代々の墓」が(最近はないのかな)。これって実在するんだ!

眼前の寺を右折すると千葉公園の敷地に入る。遠くに緑のがコンモリ見えるものの、目の前はなんだか場末の横丁のコンクリート塀のような黒く染みた壁が迫ってきている。その塀に沿って、いい感じに枯れた、まるで川崎みたいな壊れかけたイカす自転車が煩雑に並んでいる。おかしぃなぁと思い、なんでかこちらに突進してくる路線バスの行き先表示を見ると、ここはどうも競輪場のようだ。
壁にスリットのような溝のがあって、その隙間から中が見えた。ちょうど足元の地面で、オッサンのグレーにくすんだ世界が垣間見れた。暫くRを描く壁に沿って歩くと、券売所があって、やはりアクリルが煤けたような板にボツボツ穴があいている。賭け事はしないのだけど、入るだけ入って塩キュウリの類でもかじろうかと思ったが、雨も降りそうだったので、先を急ぐことにした。

・・・とここで、思いの外長文になってしまったので、次回へつづく...

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今日は緊急告知!
以前紹介した金町のタコ(以前のエントリーはコチラ)。これは「蒸し釜」と呼ばれるもので、球状の中の空洞に古紙を入れ、それを水蒸気、薬品等で繊維を分解し、紙の原料として再使用するためのものなのだそうです。
情報ソースはコチラ⇒三菱製紙の採用つれづれブログ

貴重なモニュメントとして保存が決定しているとのこと。しかし隣接する煉瓦倉庫は解体では?と専らの噂。フツー逆な気もするのだが、そこが葛飾区ってことで。ともあれ、蒸し釜が残るのはなにより嬉しい。

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パート1はコチラ

明日から食べ歩きレポを再開するので、今日だけは千葉スペシャルで我慢願う。

というわけで、前回千葉市動物園を後にし、モノレールは千葉駅方面へと戻る。スポーツセンター駅で野球場が見えてくる。上から見下ろすというビューがなおいい。
人のいない野球場というのもちょっと廃墟趣味な香りがする(そういえば1stガンダムでホワイトベースが半壊した野球場に身を隠さなかったっけか?)。桜とのコントラストも拍車をかける。
こんな光景が似合うのも、アースダイビングではないが、土地が持つ因果なオーラのお陰だろうか。というのも千葉は軍都として有名で、義和団事件や日露戦争から先の大戦までなにかと舞台となったエリアなのだ。このモノレールの通る下の国道16号は鉄道連隊の軍用線であり(戦地で鉄道を敷く練習とか資材をストックしたり製造したりしてたらしい。新津田沼と京成津田沼の軌道がぐにゃっとしてて変なのは、勾配がある立地での鉄道敷設や、運転・保守の訓練のためだという。新津田沼へと向かう区間は異様に揺れる)、沿線にはそれにまつわる施設の多くがなんらかの形で今もその姿を留めている。

そこから2つ先、天台という駅で下車する。
国道沿いに100mも南下しない内に左手に公園がみえる。この公園、入口の門からしてちょっと臭ったが、公園に沿って路地に入ると、左手が高台のようになっていて、その上にアパートが続く。すると、まるでゴミ集積所のような一角が出現。見るとレンガ造りの立派なもので、補給廠などこの界隈に集中していたようなので、これも軍施設の名残と思われる。
後から知ったのだが、アパートと思われた建物の裏手は少年鑑別所であり、軍施設がこのような公の施設に転用されるケースはよくあることなので、かなり軍施設であった可能性が高い。

そこから100mもしないうちに、変則5差路のような交差点にでる。南西側に公務員住宅があり、立替だろうか、大掛かりな建設工事の真っ最中だった。
先ほど指摘したように、建物自体を転用しなくとも、軍用地に公の施設を建てるケースが多く、つまり公務員住宅ということは・・・
ここから南側、作佐部1丁目にあたりは陸軍気球隊の敷地にあたる。300平米程の敷地の北端に位置するのが、現在川光倉庫(株)という会社の米倉庫になっている、旧陸軍気球隊の第二格納庫。
 
当時からのものと思われる黒ずんだコンクリート塀に囲まれていることも手伝って、長年風雨に晒された屋根の退色の圧迫感は相当なもので、なんとも重々しい空気が流れている。
詳しくはコチラアチラに譲るが、隣接する都賀公園に関係あるのか無いのか、意味深な無用円筒物があったりと、やはり尋常ならざる空気が支配している。心なしか、工場を奥に見る桜も昼間からおどろおどろしく映える。

 


国道を挟んで西側は千葉経済短大で、こちらも機関車組立工場の赤煉瓦が残っているし、更に南下した千葉公園にも架橋演習用の橋脚のなんてのも残っている。しかしこの日は如何せん寒い。風が冷たすぎる。残り時間を考えても、日を改めてじっくり再調査しないと足りない感じなので、今回はここで引き上げることにした。
千葉駅へ向かうモノレールは、JR千葉駅付近のJR線路の上を通るのだが、運転士の練習用と思しき軌道や車両が見えたりして、こちらも再度じっくりみてみたい。
吊り下げ式のモノレールというのもなかなか趣き深いビューで、料金が高くても観光としてはそれに見合うものがあるんじゃなかろうかと。さすが千葉!

というわけで、この後は先にUPしたやぶれかぶれの記事となる。

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ちょっと食べ物ネタはお休みして、前々回UPした「やぶれかぶれ」に至るまでの道程を記したい。

まぁ、いわゆるひとつのお花見というヤツ。
王子から神田川を通って中央公園で花見をして軍事遺跡を見て「すみた」で夕食とか、松戸で坂川散策をしてから馬橋に移動して流山電鉄の車窓から新坂川の桜を眺めた後「13湯麺」とか、我ながら素敵なルートを考えたのだが、近場過ぎて夕ご飯まで時間がありすぎてしまう。
適度な移動時間がほしいというわけで、この際、折角だからプチ遠征だというわけで、千葉市へGO!

普段、行き来する三河島の桜はすでに満開。これなら、少し開花の遅れる千葉市だったら、まぁ2〜3割減の咲き具合だろうと。日程的に見ごろには来れないので、それで我慢するか・・・なんて思いながら、京成を乗り継いで千葉駅で千葉都市モノレールへ乗り換え、お昼のフリーパス¥600をGETし、意気揚々に千葉市動物園に到着!・・・って、桜つぼみじゃ〜ん!?
一部咲いている木もあるが、もう数えるほど。2〜3割減どころか、1〜2割のみ。こうなりゃ割り切って動物園を楽しもうとぷらぷらしていたら、キリンのところにちょっと桜が咲いていていい感じだった。
とはいえ、動物園に好き好んで来ておいてなんだが、動物園はあまり好きではない。なんだか動物を本来生息する環境じゃないところに連れてきて、狭いところで見世物にしているというが、どうにも後味が悪い。もちろん、人間は生き物を殺生したり(だから食べるときは「(お命を)頂きます」という)、家畜にしたり、実験の身代わりにすることで、文化を築き、生き延びてきたことは否定しない。動物園というものも、数の少なくなった動物を保護・飼育・研究する意味合いが今日では強いようだ。我々の目に見えないところで行われるそういった研究の上に、我々の生活が成り立っている。わかっていても、居た堪れない。人間側が見下しているという構図が嫌というよりも、そういう風にしか動物をみれない、身近にすることができない人間が寧ろ哀れに思えてくる。どんなに科学が進歩しても、やってることは結局これかと。人間には到底理解できないコミュニケーションによって、案外動物の側は、そんなしょーもない人間に付き合ってやってるって言い合ってるんだろうな。「あいつら立つと喜ぶからよ〜」なんてね。

電流が流れるワイヤーに囲まれたフラミンゴとか、たまたま居合わせたオバチャンが「飛んで逃げないように羽が間引かれている」とかの現状はあるのかもしれないにせよ、この千葉市動物園は自分がこれまでに行ったどの動物園よりも広く、キリンの写真のように動物がノンビリしている。TV番組でも昨年言われていたように、レッサーパンダを無理やり立たせたりしていない。
というわけでレッサーパンダの風太くんは今も元気(ピアノマンじゃないですよ)。この日もこどもに大人気で、結構な人だかり。立つところはみれなかったものの、どうにも落ち着きの無い動物で、日常動作の中に瞬間的に立っているような動きを見せる。
入場の際に、動物園の方もいっていたが、かなり気まぐれなようで、まず立たないとのこと。別に立つのをムリから期待してないので、その旨を伝えたが、「立つの?」みたいな問い合わせでもあるのだろうか。なんだか切ないが、現在風太と一緒にチィチィという雌のレッサーパンダが過していて、風太二世を期待しているとのこと。レッサーパンダの寿命はだいたい10歳くらいで、風太は現在2歳。人で言えば思春期を迎えたあたりだが、やっちゃざかりだという。こちらのイレギュラーな唐突の質問にもこんなに親切に応えてくれて、きっとムリな交配とかはしてくれないだろう、そんな気にさせてくれた。
ここはどこも始終こんな調子で、これまでのどの動物園よりもブルーな気分にならずに済んだ。まぁ象の控え室は廃墟っぽくてブルーなんだけど負のひきつけるものがあったが。

ゴリラをめちゃめちゃ間近にみれたり(ゴリラはかなり頭よくて、こりゃ猿の惑星寸前かと思わせるものがあるが、性格はかなり温厚でいい人そう)、これまで体験したことの無い距離感で予想外の感動があった。
最後に一部、結構桜の咲いていた部分があったので、それを載せてパート1を終えるとしよう。次は軍跡だっ!

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